梁山泊倶楽部

山岳会の会長やってます♪

「栂池自然園」&「雨飾山」<その1>(2016.8.19-21)梁山泊倶楽部

 町の山岳会「梁山泊倶楽部」が夏季山行を行った。2016年8月19日~21日、我らの仲間5人旅であった。雨飾山の足慣らしに「栂池自然園ハイキング」、そして「雨飾山縦走登山」さらに“登山口”&“下山口”の二つの秘湯を巡る旅を、幾つかに分けて報告する。

 <その1>として8月19日(初日)、梁山泊倶楽部の本拠地/水戸市を出発して「栂池自然園ハイキング」をお届けする。
いつものように、映像主体のコメント付きにて報告する。

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栂池自然園近くの道路標識
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栂池駐車場から出発
 この付近には無料駐車場はない。一金500円也を支払って、イザ出陣だ。
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ゴンドラリフト「イヴ」に乗る
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一旦降りて「ロープウェイ」駅へ向かう
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たくさんのお客が乗ったロープウェイ
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ロープウェイを降りたら栂池ヒュッテ方面へ
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サアー行くぞー!
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山小屋付近から白馬岳への登山口
 私たちは自然園ハイキングだから、横目で見ながら、真直ぐ進む。ここから白馬岳方面へ進めば、爺が登山を始めて2年目、今は亡き弟と爺の家族4人(妻、小学生、幼稚園生、そして爺)が蓮華温泉から白馬大池(幕営)、白馬岳(村営小屋泊)、さらに下山後に小谷温泉「山田旅館」に宿泊した。当然、白馬岳からは大雪渓を下った。弟は、大雪渓途中で先行下山して蓮華温泉まで、車両回送に向かった。爺たち家族4人は、下山後にJR白馬駅前で、弟の車両回送を待って、小谷温泉「山田旅館」へと行った想い出が浮かんでくる。
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昭和初期の建設だという「栂池ヒュッテ」(現「記念館」)
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平日にもかかわらずわらずたくさんのハイカーが訪れている園地
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手軽に来れて、手軽に高山植物群に会える園地
 それでも甘く見てはいけない。ぐるっと巡ると4時間ほど必要なコース選定もある。
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振り返り見れば旧栂池ヒュッテ(現記念館)の姿が素晴らしい
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歩き始めてすぐに高山植物を観賞する仲間たち
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ガイドの説明に聞き入る団体ハイカー
 とにかく植物が豊富なことに驚いた。この写真のグループのように、現地ガイド(案内人)を頼むのもよいと思う。
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このくそ暑いのに「風穴」付近には冷風が我らの顔をなぶる
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冷たいのは風穴内にはまだ残雪が詰まっていたから・・・
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池塘付近には素敵な花が・・・
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もちろん湿原の花々も素晴らしい
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湿原の対岸には、このひと時をゆったりと過ごす恋人たちが・・・
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楠川を渡る
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楠川を渡ると水場&トイレがある
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栂池ヒュッテからの木道を展望する
 水場(銀名水)を少し登ったところが、栂池自然園全体を見通せる一番の展望所である。
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オオシラビソ(アオモリトドマツ)の森を抜ける
 どうも「シラビソ」、「オオシラビソ」、そして「ツガ」の見分け方がわからない。家に帰って『小学館の図鑑NEO植物』や手書挿絵の素晴らしい『日本高山植物図鑑』(図鑑の北隆館=昭和36年発行 )などを参考に調べてみてもよくわからない。いつか、その道の専門家に伺ってみよう。
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ホシガラスが好物の「オオシラビソの実」
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ぐるっと一回りして楠川で休憩
 ここでも、この旅の総料理長「麻呂」がコーヒーを淹れてくれた。
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我らが総料理長「麻呂」
 コーヒーを淹れる道具を出そうというところ。このあと、コッフェルで湯を沸かす際にヤケドを負った。幸い軽い程度でよかったが、山中でのケガで一番多いのが「ヤケド」であることを知っておくとよい。とくにコッフェルの取っ手(手で持つ部分)が本体から外れてしまい、熱湯を自分の手にかけてしまうことがある。爺も、山を始めたころ、何十年も昔だが、7月の飯豊連峰縦走山行の折に、白石の温麺(うーめん)を茹でようとして、コッフェルの取っ手が外れてヤケドを負った。とくにアルミ製のコッフェルの取っ手は、本体から外れやすいので要注意である。
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この位置から見る栂池ヒュッテは素敵
 昭和初期の建築とは思えないほど、現在(いま)に遺る名建築物(山小屋)である。この時代の山小屋は、ヨーロッパアルプス(スイスアルプスなど)の山小屋様式を真似て造られたものが多いという。日本における現在のような形の登山普及は遅く、各地に存在した山小屋様式と本場(ヨーロッパアルプス)のそれと比較してみるのも面白い。山に関する古い文献には、日本における山小屋の在り方、作り方、注意事項などが書かれている書物も多い。皆さんも、このような視点で書物漁りをしてみるとよいだろう。
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亡き父の若かりし頃利用した「山梨県 北小室小屋」
 山小屋の話をしたところで、今は亡き父の写真の中に一枚だけ、山小屋が写っているものがあった。栂池ヒュッテには遠く及ばないものの、しっかりした材木がログ風に組まれている。避難小屋なのか料金を徴収して利用させたかはわからない。日本が、資源を求めて世界を相手に戦争を仕掛けようとしていたころ、軍靴の足音が高まるなか、夏は山へ入り、冬はスキー場へ行っては楽しんでいたようだ。あっ・・・そうだ!父は真夏もスキーを楽しんでいたのだ。そう、サンド(砂)スキーである。千葉県のどこだかの砂丘のような場所で、当時は多くのスキー好きが真夏のくそ暑い中で滑っていたようだ。(向かって右が爺の父)
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これが戦前のサンド(砂)スキーだ
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栂池ヒュッテのロフト風「明り取り窓」が美しい
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栂池ビジターセンターで昔話を拝聴
 昔、この付近の積雪は8メートルにも及んだという。しかし、この栂池ヒュッテの周囲だけは、3メートルくらいしか雪が積もらない。山を回り込んで吹き込む風の影響で、不思議な現象だが、この地を選んでヒュッテ(山小屋)を建設した先人に敬意を表したい。
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天上の楽園より栂池駐車場へ戻る
 今日の「栂池自然園トレーニングハイキング」が無事終了した。いよいよ楽しみにしていた小谷温泉「山田旅館」へ向かう。
山田旅館④
小谷温泉「山田旅館」外観(一部)
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歴史を感じる旅館内部
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宿に到着したらまず温泉だ!
 もちろん、爺は「女湯」に入ったわけではない。絵になるからこちらを撮影したのだ。
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文字通り“源泉かけ流し”
 24時間、掃除中以外はいつでも入れる。爺は宿に到着後すぐに、夕食後、夜中にと、3回温泉に入った。
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トイレも綺麗、地震被害で改築した部分
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夜半に山田旅館の灯火を撮影
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“有形文化財”に指定されそうな「有料ガステーブル」
 玉川温泉にでも行けばあるかもしれないが、10年玉を投入して使用するタイプだ。湯治場によく見かけたシロモノである。ここ小谷温泉の自炊場に現存(動態保存)していた。
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未明の午前3時起床、簡単にカップ麺朝食
 お湯を沸かすだけだから、最近の山行ではこのカップ麺朝食を多用している。

昭和63年(1988)7月家族「白馬岳」山行の想い出
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昭和63年(1988)家族で宿泊した小谷温泉「山田旅館」
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白馬岳山頂を目指す我ら家族の記念写真
 近くの登山者に撮影してもらった、この山行中唯一の全員写真。爺も、家族も、今は亡き弟の姿も蘇る。蓮華温泉より入山し、白馬大池で幕営(妻と子供たちは山小屋の診療所に泊めていただいた)。翌日、白馬岳を極め、村営頂上宿舎に泊り、明けて、白馬の大雪渓を下山、途中で弟が離脱して蓮華温泉へ向かい車両回送。我らはゆっくり下山し、白馬駅にて車を待ち、小谷温泉「山田旅館」へ宿泊した。
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山上で他の登山者の姿を撮影
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白馬大雪渓を下山中の我ら家族
 頂上宿舎より下山して間もなくだと思う。まだ一緒に下山中の弟が爺のペンタックス一眼レフにて撮影した。
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我らは大雪渓を下山、続々と登ってくる登山者たち
 山は弟より指導を受けた。「雪渓の下山は恐ろしい」と叩き込まれ、時々後方(山頂)方向を確認して、落石がないか用心した。休憩も絶対に麓を向かず、横向きで座って落石には注意を払った。
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猿倉付近まで下山して爺と娘たちとパチリ
 爺の出で立ちばかりが本格的で申し訳ない。下の娘のスパッツ代わりのポリ袋を見てほしい。アイゼンは頂上宿舎で借りたちっぽけな4本爪だ。それでも二人はよく歩いた。上の子は、山上で耳が痛くなり、山小屋の診療所で診察してもらった。“中耳炎”ということで、下山したら病院へ行くように言われた。アルバムに「小谷村診療所」の領収書がある。当時の代金で1,060円支払っている。

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

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