梁山泊倶楽部

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北海道「茨城空港~稚内空港便で利尻・礼文の旅ツアー(その3)」(2016.6.30-7.3)梁山泊倶楽部

 茨城空港から行く利尻礼文の旅“その3”をお届けする。7月2日(土)北海道利尻島のホテル「アイランドインリシリ」の夜明けから利尻礼文の旅をはじめよう。

 昨夕、ホテル屋上展望デッキより眺めた利尻富士(利尻山)。てっぺんに“傘雲”がかかっており、明日の天候が危ぶまれていた。果たして、本日の利尻島沓形地区のご来光はどうであろうか。
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沓形港越にイマイチながらご来光を仰ぐ
 ホテル屋上展望デッキから見る日の出は、利尻山の左肩のはずれから雲間に朧げな姿を現した。利尻富士山頂付近は厚い雲で覆われており、これでもご来光を見られただけ有難いと思う。
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ホテルのすぐ前「沓形岬」へ、漁師さんが番屋でもう仕事を開始
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早朝の散歩にもってこいの風景だ
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沓形岬公園から山頂付近が雲に覆われた利尻富士を望む
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沓形岬公園キャンプ場
 この素晴らしいロケーションにキャンプ場が設置されている。すぐ近くに駐車場があり、荷物を運ぶにも楽そうだ。なにより、この風光明美な地に仲間とともにキャンプできるなんて最高ではないか。フェリーの港でレンタカーを借りて、島を一周できる「利尻山登山」&「キャンプ」の旅なんて、夢だろうか。是非、実現したいものだ。
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立派なビジターセンターで資料を見る
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沓形岬から各地までの距離表示板
 🎶思えば遠くへ来たもんだ~🎶、しんみりと、この地から船に乗り、ローカル列車に揺られて旅する姿を想像してみる。
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岬の突端から宿泊ホテル/アイランドインリシリ越に利尻山を遠望
 森繁久彌が歌った「何にもない・・・・・」のメロディーが耳奥に届いてくるようだ。
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ホテルのブッフェ入口の鉢植え
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ホテル/アイランドインリシリのブッフェ「MARINE CRUISE」
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ハートランドフェリーで利尻島鴛泊港を後に礼文島へ向かう
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出航した船上から利尻島鴛泊に別れを告げる
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礼文島へ行くフェリー船内
 80%程度の乗船客がハイカーであった。なんとも羨ましい限りだ。
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礼文島香深港へ着岸間近
 なだらかな丘が続く礼文島、緑の笹のような植物が繁茂し、大きな山も大きな木々もないハイキング向けの島だ。
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香深港上部の丘には「歓迎」文字
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北のカナリアパーク映画のロケ地
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撮影のために建てられた「麗端小学校岬分校」
 ロケの資料館となっており、映画のために建てられた岬分校校舎がそのまま残されている。
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ロケで使用した下駄箱
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私たちも記念撮影
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展示されている全国僻地の小学校の写真(大子町立袋田小学校)
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八郷町立朝日小学校もあった
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澄海岬
 曇天そして雨の日、澄海岬の浜の本来の色は見えず。
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突端の島には鳥たちが憩う
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澄海岬にて記念撮影
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礼文島はこのような風景の連続
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日本の北の果て「スコトン岬」
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本当に最果ての民宿
 何もない場所にある民宿。本当にお客がいるのだろうか、心配になってしまう。
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突端の海岸部に打ち捨てられた小舟
 小舟のほかに材木片などがある。昔は、この浜で漁をしていたのであろうか、小さな漁具小屋などもあったはずだ。
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冬は一体どういう暮らしをするのだろうか
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礼文島の旅を終えて稚内港へ向かう船中
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稚内港の明かりが見える
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最終日の7月3日「稚内市北方記念館」を見学
 北海道初日宿泊したホテルに再度宿泊し、今日は自宅へ帰る午前中に「稚内市北方記念館」を見学した。7月1日早朝散歩の折に港から遠望した小高い丘の上にあるのだ。北海道には各地に「北方資料館」なるものが設置され、開拓の歴史や北方領土、アイヌなどの資料が保存展示されている。
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樺太「豊原」の電話交換手のみなさん
 太平洋戦争末期、日ソ不可侵条約を破棄したソ連軍の侵攻により、豊原の町が侵略される間際、最後まで電話交換業務を全うして、全員が青酸カリによって自決した物語は、映画やドラマになったと記憶している。そうした資料や写真を含め、数々の当時を記すものを展示している。
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稚内を離れる最後に「市場」で買い物
 もう、ここが北海道最後の見どころであり、ショッピングの場所であった。市場はJR稚内駅と隣接しており、その昔は樺太への玄関口であったそうだ。稚内港まで、かつては鉄路は敷かれていたそうだ。
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ここが日本最北端の駅であり、鉄路の末端である
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稚内港まで結んでいた鉄路も現在はここまで
 かつて敷かれていた線路が稚内駅構内をぶち抜き、駅の待合室を通り、駅前広場の車輪止めまで至っている。モニュメントにしつらえた発想がさすが観光地だ。
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いよいよ稚内空港より茨城の地へ帰還だ
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帰路、福島県上空より福島第一原発の生々しい姿を捉えた
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那珂湊と大洗を結ぶ海門橋が見える
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茨城空港~稚内空港チャーター第一便のお迎えがあった
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北海道利尻礼文の旅が終わった

テーマ:北海道 - ジャンル:旅行

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