梁山泊倶楽部

山岳会の会長やってます♪

飯豊連峰「西股の峰」積雪期登山情報

過去の登山情報であるが、飯豊連峰「西股の峰」積雪期登山の記録を発見したので、提供する。
 「梁山泊倶楽部」の前身「関銀山の会」時代の会長単独積雪期幕営の記録である。
 ただし、かなり古いものであるから参考にする場合には最近情報を得て入山されたい。




「飯豊連峰」雪稜幕営と雷鳴に怯えて
       (飯豊連峰「西股の峰」積雪期登山情報)
                 1990.4.26(木)~28(土)
                  梁山泊倶楽部 宮本光長

 水戸市の自宅より車で5時間半、山形県小国町「川入荘」前に午前1時30分到着。うとうとすること1~2時間。ノンストップ運転の疲労と積雪期・飯豊連峰登山への興奮とがないまぜになり、眠れぬ夜を過ごしてしまった。窮屈な寝室と化した車の中で、雨が上がり、さらにガスの切れるのを待った。
4月27日(金)午前6時「川入荘」前出発
 西股の峰から「頼母木山」を単独でめざす。民宿・奥川入荘の庭を抜けるように進むと、水芭蕉や高山植物が美しい林に入る。小国町役場の職員(井上さん)が教えてくれた2つの沢を越しても尾根への取付点が現れない。「こんなことならいっそ“石転び沢”を目指したほうが良かった」などと独り言をいいながら駐車場へ引き返しはじめた。途中、民宿へ来た牛乳配達に登山口(取付点)を尋ねたが、その青年は「山はやらないので・・・わかりません」といいながらも親切に、民宿に入って行き聞いてくれている。中から日に焼けた若者が飛び出して来て、取付点からコースタイムまでこまごまと教えてくれた。一度は石転び沢へ行こうと心変わりした私だが、こう親切に教えられては・・・“もう一度挑戦せざるを得ない’’。
 くだんの沢の右手の薮から登る。なるほど、教えられた通り奥へ進むと登山道がある。最初から岩にとり付く急登である。前進なしの急登といったほうがピッタリするくらい、ひたすら登るだけのコースだ。(あとで気がついたが、『登山道荒廃』と案内書に書いてある理由がわかった。)
 水をかぶったように流れる汗、シャツからパンツまでなにもかもグショグショだ。前日の夜8時に家を出て午前1時半到着。車の中でうとうとしたらもう5時、これではまったく寝ないのと同じだ。睡眠不足がたたって、体がいうことをきかない。汗がむしょうに流れる。
 雪が多い、さすがに飯豊連峰だ。そこかしこに亀裂が走り、雪庇がブロック雪崩となって落ちている。2階建の家ほどもあるブロックは豪快かつ不気味だ。西股の峰で時計を見ると、既に午前11時を経過している。取付点探しで1時間を費やし、民宿の青年に「その荷物では、西股の峰まで3時間はかかる」といわれた。しかし、既に4時間以上も費やしている。今回の山行では食料、着替え、シュラフ、カメラそして、テントなど冬山完全装備であり、総重量30kg近い。
 稜線はすべて雪で覆われ、歩行は楽だと想像して来たのに……。尾根の雪庇が落ち、予想とは裏腹に薮をこぐ前進を強いられてしまった。この薮の中の道こそ「けもの道」であり、入間が動物たちの庭を借りて通らせてもらうのである。もっともこれは翌日知らされることとなったわけだが・・・。
西般の峰から1時間余り登行を続け、親母木山まであと2分の1ぐらいを残すところまで前進した。しかし、順母木山はまだ見上げるほど高い。ここから標高差にして300~400mも残しているだろう。時計は既に午後1時を回った。頼母木小屋まではとても進めそうもない。しかも、私以外誰一人入山してはいない‘‘ひとりぼっちだ”。豪雪の飯豊連峰・西股の峰を越え、頼母木山直下まで来て恐怖心が頭をもたげ始める。“雪崩・疲労凍死”等々・・・次々と脳裏をよぎる。
 露営地点を探さなければ・・…・。樹林帯をベースにテント場とすべく、頭上の頼母木山を見上げる。樹林は総て雪面上の急斜面にはりついているようにみえる。西股の峰へ戻れば樹林帯の中の少しはましな幕営地が見つかるかもしれない。またしても、稜線上のけもの道の薮こぎをしながら戻る。
 午後1時30分
西股の峰方面へ30分程戻った幾分緩やかな傾斜の樹林帯にテントを張る。ペグを雪面に打ち込むがすぐに抜けそうで、なんとも心もとない。積雪期のテント山行には十字に組んだ竹製ペグが不可欠である。しかし、山に入る準備だけで精一杯であった。周囲を見回すと豪雪と強風で折れた木の技が幾らでも転がっている。手頃な技を拾い集め、50cm位に切り揃え冬期ペグとして使用した。
 初めてのテント山行。しかも、単独雪山幕営である。頼母木山・西般の峰コースは地図にもガイドブックにも載っていないので、コースタイムがわからない。こうした不安と焦りが休憩を忘れさせ、行動食の摂取を怠ってしまった。睡眠不足の体におむすび1個、カロリーメイト1かけら、そして、チョコレート1個で7時間半も行動してしまった。
テントにもぐり込んでビール(500ml缶)をロに含んでみたが不味くて飲み下せない。ビールは程よく冷えていて美味いはずなのに・・・。疲れ過ぎた体が受け付けないのだ。気分が悪い。足の筋肉もつってしまうし、完全に疲れ過ぎたようだ。横になるが気分か悪くて眠れない。このまま疲労がとれなければ明日の行動はもとより、下山すら危うくなる。北アルプスの名ガイド、佐伯富蔵さんの本を思い出す。ワンゲル部員のシゴキ事件で、疲労困億の学生に砂糖湯を飲ませるくだりがあった。テルモスの紅茶にスティック状の砂糖2本を入れて飲む。おむすびも食べてみたがゲップが上がって、とても食べられない。
 午後5時15分
少し気分が良くなってきた。こうして、山の記録を書いていると気が紛れるのか大分落ちついてきた。今宵は飯豊連峰の雪の稜線で“たった一人で眠るのだ”。俗世を離れ、聞こえるのは吹き抜ける風と雪崩の響きのみ。寂しさに耐えかね、「せめてラジオくらい持ってくればよかった」と嘆く。女房の言うとおり、“一人で山へ入るには歳をとりすぎた”。
 なにをするわけでもない無性に長い時をもてあまし、今までの山行や家族のことを思い起こし、ひとりぼっちの恐怖心を紛らす。うつらうつらしていた私の頭上がにわかに明るくなった。疲れ過ぎたせいか、横になったとたんに朝を迎えてしまったのだろうか。“東北地方の夜明けはやけに早いな”などとぼんやり考えている。思考力を失った頭にそれが『雷の稲妻』であると反応するまで暫しの時を必要とした。まるで、真空管時代のラジオかテレビである。
 時計を見るとまだ午後6時30分である。横になって、眠り込んだわけではなかったのだ。雷も“遠くで光っている間は大丈夫”などとたかをくくっていたら、さあ大変。光って間もなくゴロゴロ、バリバリである。だんだんこちらへ近づいて来た。何もない山の上で、布きれ一枚のテントの中、しかも、ピッケル、テルモス等金属製品が山ほどあるのだ。狭いテントの片隅にこれらを押しやり、その上にザックを掛ける。このテントにだけは落ちないでくれ。神様、仏様。
ピカッ1.2.3.4・・・・私の居るこの山から少しでも遠のいてくれ!雷にこの願いを込めて、光と音の差を指折り数える。光と音が20秒も離れたかと思うと、またまたその差が縮まってくる。怖くてたまらずシュラフにもぐり込むが、眠れるはずもない。もう一人で山へ来るのはやめよう。行くのなら、山小屋や温泉のある山にしよう・・・などと思いを巡らす。
 大病をして、折角命拾いしたのに・・・。女房には病院生活からずつと、心配のかけどおしだ。こんなことではいけない、夫婦はお互いの心を思いやることか必要なのだ。脳裏を過去のことが走馬灯のように駆け巡る。
 外は暴風雨。フライシートが引き千切れそうだ。張り綱が飛ばされたようだ。雷雨の中、外へ出て直すのはいやだ。我慢に我慢を重ねていたが、耐え切れなくなったのは小キジのせいであった。横なぐりの雨の中を飛び出してテントを見回るが、以外にも張り綱が吹き飛んだのは1カ所だけであった。湿雪に潜り込ませたブナの枝は以外に頑丈で、しっかりと頑張ってくれた。テントが潰され、いまにもポールが折れてしまうのではないかと思われたが以外にも強風に耐えてくれた。ヒッケルでならしたテント場も所詮疲労の極地のいい加減な作業であり、テントを斜面に沿って立てただけ。気がつくと、傾いたテントの端に転がっている。まんじりともせず、時計を見ることの繰り返し。
 午前0時
 食べられなかった晩飯だ。雑炊にモチをぶち込んだ得体の知れないものを口に押し込む。明日の活動のエネルギー摂取のために・・・。
 濡れたまま寝袋にもぐり込んだため、寒くてしかたがない。それでも、人間の本能か疲れも手伝って2時間くらいは眠ったようだ。
 午前4時
目は覚めたが体が重くて起きられない。寝袋のなかでぐずぐずしながらも、今日の活動エネルギー源を補給しなければと考え、ラーメンに野菜を入れて煮込む。半分も食べずに残りをブナの木の根本に捨ててしまった。
テントを撤収し、ふんだんに用意した食料・酒類を詰め直し、昨日と変わらぬ重量のザックを担きあげる。真っ白に雪化粧した頼母木山頂へ向かう自らの足跡に背を向けて、さあ、下山だ!
 午前7時下山開始
 
歩きだす間もなく、咋日私が付けた足跡に並んでカモシカの足跡が並ぶ。稜線はもちろん、くだんの薮の小道にも足跡は続く。これはまさしく、人・獣共用の道ではないか。「けもの道」を、今日は駆けるように下る。
西股の峰、午前8時
キックステップで軽快に下降する。昨日付けた私の「赤いリボン」が迎えてくれる。大キジをうった付近を過ぎ、最後の急下降だ。脆い岩が足下を転がり落ちる。林道には車が列をなして止まっている。そうか、今日は土曜日だ。1日遅く登れば良かったのだ。今頃気が付いてももう遅い。最後の岩場を三点確保で下りると、村の猟師が7~8人登って来た。「熊を見掛けなかったかい」という。カモシカの足跡ならありましたよと答えながら、熊なんかに遭遇したらさぞ怖かっただろうとぞっとする。へトへトになって林道へ出ると登山者が2人、丁度登ろうとしているところだった。山の話をするにも肩で息をしながらの状態だった。いつものように近くの沢水を頭からかぶり、空っ腹とテルモスに充たした。
 あとは風呂に入って帰るだけだ。林道わきの水芭蕉や高山植物(ミヤマキンパイなど)にカメラを向けつつ川入荘駐車場に戻る。川入荘の風呂は小さいが景色は最高だ。飯豊連峰がまるで銭湯の絵のように、風呂場の窓にピタリ収まっているのだ。
当初の予定を2日余りも残し、ピークを踏まずに「積雪期の飯豊連峰山行」は終わった。この素晴らしいフィールドで、山の怖さ、自分自身の訓練不足をしみじみ痛感させられた。自然を知り、自然の中で人間がいかに弱く小さいかを体験する良い機会を与えてくれた飯豊の山々に感謝したい。
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