梁山泊倶楽部

山岳会の会長やってます♪

「蓮華温泉から白馬岳」爺と家族の初めての山行

 爺が山に魅了され、山に入り始めて5番目(山を始めて5ヶ月目)の山、それが「白馬岳」である。今は亡き弟が計画した山、それが「白馬岳」であった
 

仕事に挫折して帰郷していた弟は、いつ覚えたか知らないが、静岡県在住であったことから、休みのたびに大井川源流部の南アルプスに入山していた。自分を無くして帰郷した弟と山へ行きさえすれば、昔の弟が戻ってくるかとの思いから、家族ぐるみで弟の好きな趣味「山」へ行くことを考えた。
 昭和63年7月、平ケ岳を登った翌月に、爺の家族と弟は「白馬岳」登山を計画した。
 この頃はすべて弟の計画で、爺は、ただ一緒に行くのみであった。したがって、これを自分の山行と表現することは難しいかも知れない。
 山を知り、山行を始めたばかりの君達への参考になると思うので、あえてHP掲載する。
 早朝出発にて常磐道、首都高速道、中央高速道を抜けて北陸道へ。平岩から蓮華温泉の駐車場に入る。ここを起点に、爺と妻、小学校低学年の長女、幼稚園の二女、そして今は亡き弟の5人が登山を開始した。
 大きな岩のゴロゴロした間を抜けて進み、休み休み4時間ほどで、夕暮れ迫る「白馬大池」にやっと到着した。爺と弟は幕営、妻と二人の子供達は山小屋へと考え、受付に行くがすでに小屋は満員状態であった。小さな子連れと見て、受付諸子は「医大の臨時診療所」に3人を宿泊させてくれるという。物凄くありがたいことであった。爺と弟は疲れ果てながらテントを張って、酒宴に入った。と、途端に周囲では子供たちが花火で遊びはじめた。イライラしていた爺は、子供(親)に対して「テントが燃えたらどうするんダー!」と怒声を浴びせた。花火はそこで、終了した。
 翌日、三国境を、幻想的な霧に包まれながら、初めて「尾根歩き」を愉しんだ。白馬岳の山頂を踏んで、村営頂上宿舎の個室を奮発して入室した。この頃から長女が「耳が痛い」と言い出し、ここでも医大の夏山臨時診療所に世話になり、下山したら耳鼻科の先生に診察を受けるよう指示された。
さらに翌々日、「白馬大雪渓」を下山することになり、レンタルの小さな軽アイゼンをそれぞれトレッキングシューズに装着した。ピッケルなど持たずに、弟手作りの杖を使いながら、高山植物を愛でながら、怖々怖々、雪渓を降りていった。白馬尻の手前の雪渓途中で、弟は、「これから先は一人で下山し、蓮華温泉まで急いで行って車を取ってくる」という。私達に「白馬駅」で待つようにと、駆け足で下っていった。
 白馬駅で待つ爺の家族のもとに、見慣れた車が来るまで、駅前のみやげ物やなどを覗いて過し、車が到着後に山の臨時診療所で言われた「耳鼻科医院」に向かった。「中耳炎です」という先生の話を聞き、やはり、爺の「耳の病が遺伝したなー」と思った。
 この後、小谷(おたり)温泉に宿泊して帰途についた。
 
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